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クァンミョン(光明)市紹介
歴史
先史時代

 クァンミョン(光明)市はおよそ290~330mの低くて平らな平野地帯で、市の東にあるアニャンチョン(安養川)の北西にモッカムチョン(牧甘川)が 流れ、市の中央にはドドク(道徳)山、クルム(雲)山が位置し、狩猟採取の環境に優れた地域である。また、ソハ(所下)洞では ソイルウェッジが発達した古土壌層が確認され、石器時代にも人々が住んでいたと推定されるが、 遺物や遺跡は発見されず、正確なところは分からない。

一方、今より約2,000~3,000年前の青銅器時代の遺跡である支石墓がチョルサン(鉄山)洞、カハク(駕鶴)洞、ハアン(下安)洞で発見されることから、人々が社会を構成して生きていたことが分かる。

三国時代

高句麗、百済、新羅の三国が漢江流域をめぐってつばぜり合いをしていた古代には、百済、高句麗、新羅の順でその領域に属した。ドドク(道徳)山では百済時代の土器の欠片が収集され、堡壘が確認された。一方、高句麗の長寿王の南進政策によって、クァンミョン(光明)地域をはじめとするアニャン(安養)市ソクス洞、博達洞、ソウル市ポンチョン(奉天)洞、シンリム(新林)洞、上道洞、加山洞、シフン(始興)洞、大林洞、新吉洞一帯がインボルノ(仍伐奴)県に属した。新羅の眞興王時代には漢江下流を占領した新羅の領土となり、新羅が統一した後の景德王16年(757年)にはコクヤン(穀壌)県の領県となった。

高麗時代

高麗のテジョ(太祖)23年(940年)に地方制度を改編し、クンジュ(衿州)と名を改めた。
中央集権体制が強化された成宗時代には別号制の施行により、「シフン(始興)」という別号を持つことになった。また、10道制によって関内道に属した。
文宗23年(1069年)には初めてキョンギド(京畿道)の管轄下に入り、コンヤンワン(恭譲王)2年(1390年)にはキョンギド(京畿道)を左右に分けることになり、キョンギザド(京畿左道)に属することになった。

朝鮮時代及び大韓民国移転時代

朝鮮のテジョン(太宗)13年(1413年)に8道制を断行し、全国の地方組織に守令が派遣されたことによって、クンジュ(衿州)はクムチョン(衿川)県に改称された。

正祖13年(1795年)クムチョン(衿川)県をシフン(始興)県に改称したが、正祖が思悼世子の墓である華城顯隆園へ行幸した際に名を改めた。1871年に刊行された『京畿邑誌』によると、クァンミョン(光明)地域はシフン(始興)県の南面と西面に属した。以降、コジョン(高宗)32年(1895年)にシフン(始興)県がシフン(始興)郡に昇格して仁川府に属し、翌年再びキョンギド(京畿道)に再編された。日本植民地時代の1914年3月1日に施行された朝鮮総督府令第111号によってシフン(始興)、アンサン(安山)、カチョン(果川)の3郡が統合、シフン(始興)郡となり、西面に編制された。

大韓民国

 独立後の1949年8月14日に施行された大統領令第159号によって北面の道林(トリム)里、九老(クロ)里、ボンデバン(番大方)里がソウル特別市に編入、シフン(始興)郡から分離された。1962年11月21日に公布された法律第1172号によってシンドン(新東)面全域と東面のシフン(始興)里、トクサン(禿山)里、シンリム(新林)里、ポンチョン(奉天)里、カリボン(加里峰)里がソウル特別市に編入された。

1970年6月10日にはシフン(始興)郡条例第199号によって西面クァンミョン(光明)里とチョンルサン(鉄山)里の2つの法定里を管轄区域とする西面クァンミョン(光明)出張所が設置され、1973年7月1日には法律第2597号によってシフン(始興)郡安養邑がアニャン(安養)市に昇格してシフン(始興)郡から分離された。

1974年6月1日にはシフン(始興)郡条例第401号によって西面クァンミョン(光明)出張所がシフン(始興)郡クァンミョン(光明)出張所に昇格し、1976年4月20日7ヵ所の分所が設置された。

1979年5月1日大統領令第9409号によって西面がソハ(所下)邑に昇格し、1981年7月1日法律第3425号によってソハ(所下)邑とクァンミョン(光明)出張所がクァンミョン(光明)市に昇格、シフン(始興)郡から分離された。1983年2月15日大統領令第11027号によってシフン(始興)郡ソレ(蘇萊)邑オクギル(玉吉)1里と3里がクァンミョン(光明)市に編入され、行政区域上クァンミョン(光明)6洞に編入された。

1990年5月20日クァンミョン(光明)市条例第601号によってハアン(下安)1洞を下安1、2洞に分離し、1990年12月1日クァンミョン(光明)市条例第620号によってハアン(下安)2洞がハアン(下安)2洞とハアン(下安)3洞に分離された。

1995年3月6日クァンミョン(光明)市条例第864号によってハアン(下安)2洞がハアン(下安)2洞とハアン(下安)4洞に分離され、2010年6月1日現在クァンミョン(光明)市は法定洞8洞、行政洞18洞となっている。

クァンミョン(光明)市の沿革と変遷は次の表のとおり。